北近畿鉄道物語


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5.国鉄からJRへ

 明治期に政府が開設し運営していた国営の官設鉄道(官鉄)が、のち1906年の鉄道国有法による鉄道国有化で、日本鉄道など当時の大手私設鉄道17社を買収して誕生した新しい国営鉄道網について、政府建設の官鉄と区別して「国有鉄道」と称した。鉄道省(1920年5月15日-1943年11月1日)。

 戦後、1949年6月1日に鉄道監督行政が運輸省鉄道監督局(国有鉄道部・民営鉄道部)に、国鉄事業が公共企業体(公社)の日本国有鉄道にそれぞれ分離された。鉄道監督行政においては、現在2001年1月6日の中央省庁再編で発足した国土交通省鉄道局が所管している。

 日本国有鉄道(国鉄:鉄の失は矢、JNR)は、運輸省鉄道総局が行っていた日本の国有鉄道事業を行政官庁から引き継ぎ、その国有鉄道を独立採算制で経営することを目的に1949年6月1日に発足した国の公共企業体である。分割民営化直前の1987年3月31日時点で新幹線と在来線併せて総延長約20,000kmの鉄道路線を持ち、30局の鉄道管理局と総局で運営した。このほか鉄道に関連する船舶事業、自動車(バス)事業などを行っていた。

 最高責任者である「総裁」は内閣が任命し、任期は4年。次席の「副総裁」は運輸大臣の認可を受けて総裁が任命し、同じく任期は4年。さらに技術面で総裁を補佐する「技師長」が置かれた。このほかの役員として任期3年の理事(11人以上17人以下)を置き、このうち国鉄在職の理事を「常務理事」と呼んだ。一般企業の役員会に相当する「理事会」で国鉄内部の重要事項を決めた。

 職員数は1980年代までおおむね40万人台で推移したが、合理化により大幅に削減され民営化直前の1986年には27万7000人にまで減少。このうち20万1000人がJRグループの各新会社に移行した。

詳細は日本国有鉄道参照


ディスカバー・ジャパン DISCOVER JAPAN


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 国鉄が個人旅行客の増大を目的に1970年から始めたキャンペーン。個人旅行の拡大や女性旅行者の増加などの社会情勢の変化とマッチし、キャンペーンとしては成功したとみなされている。キャンペーンの副題は「美しい日本と私」。

 国鉄は、1964年に東海道新幹線を完成させて、東京 - 横浜 - 名古屋 - 京都 - 大阪間の輸送力を確保し、1968年(昭和43年)10月1日のダイヤ改正(ヨンサントオ)で在来線の輸送網強化を一応完成させた。1970年3月から9月に開催された日本万国博覧会(大阪万博)では、この国鉄輸送網が活躍して大量の乗客を輸送した。大阪万博は今まで団体旅行しか経験しなかった多数の日本国民の目を、個人旅行に向けさせるきっかけとなった。国鉄は1970年10月に万博終了後の旅客確保対策として、個人旅行拡大キャンペーン「ディスカバー・ジャパン'」を開始した。

キャンペーン開始

 従来のキャンペーンは特定地域に絞ったものが多かったが、「ディスカバー・ジャパン」は「日本を発見し、自分自身を再発見する」をコンセプトに、全国的に進められた。このキャンペーンは広告代理店の電通が全面的にプロデュースを行い、副題も含めたキャンペーン名も電通の創案による。ちなみに副題の「美しい日本と私」は、川端康成のノーベル文学賞受賞記念講演「美しい日本の私」をアレンジしたものである。

 このキャンペーンは 車内や駅のポスター以外に種々のメディアでも宣伝された。駅スタンプはそれまで特定観光地にしか設置されていなかったが、このとき国鉄全駅に設置された。その他 機関紙の発行、新聞での特集記事、テレビ番組の設定などがキャンペーンを盛り上げるために実行された。

テレビ番組

 キャンペーン開始と同時の10月に、国鉄提供によるテレビ紀行番組『遠くへ行きたい』が始まった。これは永六輔が一人で日本全国を旅して、各土地の名所紹介や住民とのふれあいをテーマにした番組だった。永六輔が作詞した同名の主題曲とともに当時の国民の旅行への憧憬をさそった。

ミニ周遊券の設定

 それまでの周遊券は「周遊指定地を2箇所以上回るオーダーメイド版:有効期間1か月」、「北海道や九州などの広域をまわるレディメイド版:有効期間最大20日、名称『一般用均一周遊乗車券』」等があった。しかしオーダーメイド版は条件が複雑で一般客向きではなく、またレディメイド版は範囲が大きすぎて小旅行には向かないものであった。「ディスカバー・ジャパン」開始と同時に、レディメイド版の周遊範囲を限定して、安価・短期間の旅行に適したミニ周遊券が設定された。同時に従来のレディメイド版はワイド周遊券と改称された。


1972 国鉄 山陽新幹線開業 声は愛川欽也
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キャンペーンの推移

 1972年の新幹線岡山開業、1975年の同線博多開業と国鉄の新幹線網が延びていった。また1970年に女性雑誌『an-an』、1971年に同『non-no』が創刊された。両誌は各地の小京都や倉敷・萩などのシックな町並み、中山道の静かな宿場(妻籠宿・馬籠宿など)を紹介して、若い女性の個人旅行スタイル「アンノン族」を生み出した。各観光地には小グループの女性客が多く来訪するようになり、観光地は女性をターゲットとした街造りを意識するようになった。

後続のキャンペーン

 アンノン族に代表される女性客が増えるにつれ、国鉄のキャンペーンも女性を重視していった。1977年1月6日に始まった「一枚のキップから」は長続きしなかったが、1978年11月3日には山口百恵が歌う『いい日旅立ち』をキャンペーンソングとした「いい日旅立ち」が始まった。また1980年には国鉄全線完乗を目指す「いい旅チャレンジ20,000km」が始まった。

 1980年を過ぎると、国鉄の累積赤字が社会的に大きな問題となりはじめ、労使間の紛争も多発するようになった。国鉄は赤字ローカル線(特定地方交通線)の廃止を進めるようになり、このような大型キャンペーンも下火になっていった。


「冬の京都」奥田瑛二 国鉄CM1987 soikll2さんからお借りしています。

その後

 1984年、国鉄は「エキゾチック・ジャパン」のキャンペーンを開始した。これは郷ひろみが歌う『2億4千万の瞳』(歌詞に上記キャッチフレーズが含まれる)をキャンペーンソングとした新たな取り組みであった。
 なお、2008年時点では西日本旅客鉄道(JR西日本)が「DISCOVER WEST」(ディスカバー・ウエスト)という、「ディスカバー・ジャパン」をもじったキャンペーンを実施している。


遠くへ行きたい


遠くへ行きたい 元ちとせ Svetlanasanさんからお借りしています。
 読売テレビ(ytv)東京支社制作、日本テレビ系列で毎週日曜日の午前7:30 - 8:00(JST)に放送中の紀行番組。35年以上も続いている長寿番組である。
 1970年(昭和45年)10月4日、開始当初のタイトルは「六輔さすらいの旅・遠くへ行きたい」。放送時間は毎週日曜日の午後10:30〜11:00(1976年(昭和51年)3月28日まで)だった。旅番組では長寿番組第1位で、2008年4月に放送1900回を迎えた。

 番組の内容は、有名芸能人・文化人が、日本各地の風土、歴史、食、温泉宿を訪ね、堪能するというもの。初期の「六輔さすらいの旅」時代は永六輔をレギュラーに据えた旅番組であった。視聴率はこの時間としては高く、同時間帯トップになることが多いが、週によっては「がっちりマンデー!!」(TBS)に抜かれることもある。番組のテーマ曲「遠くへ行きたい」(作詞:永六輔、作曲:中村八大)は、元々は歌手のジェリー藤尾が1962年(昭和37年)に発表した曲だったが、番組ではデューク・エイセスが歌った。その後、時代とともにさまざまなジャンルの歌手に歌い継がれている。


「遠くへ行きたい」番組中のJRグループCM flat0324さんからお借りしています。
 JR各社は個別に営業を行う独立会社であるが、この番組では共同で「JRグループ」としてCMを流している。スポンサーは現在はJRグループを筆頭に非破壊検査、リゾートトラスト、白十字、日本老人福祉財団、住友信託銀行などの複数社・団体のスポンサーとなっており、以前はJTBや近畿日本ツーリストなどの旅行代理店もスポンサーになっていたこともあった。

国鉄からJRへ


ウィキペディア
 JR(ジェイアール)はJapan Railway(ジャパンレールウェイ)の略で、1987年4月1日、日本国有鉄道は7つの株式会社(例:JR西日本−西日本旅客鉄道)に分割民営化された。これらの各社は別個の法人格を有する独立会社であり、JR各社による共同出資会社は存在するものの、JR各社同士の資本(相互持合い)関係はない。ただし、JR会社法や各種の規制により、JR各社の協力関係は現在も続けられている。

  • 「財団法人鉄道総合技術研究所」(鉄道総研) - 鉄道全体に関する研究機関。
  • 「鉄道情報システム株式会社」(JRシステム) - JRグループ各社のコンピュータシステムや、「みどりの窓口」(マルス)を運用・管理する。
  • 『遠くへ行きたい』 - 読売テレビ・日本テレビ系旅行番組。国鉄時代からスポンサーとなっている。現在はJRグループが筆頭スポンサー。


  • ウィキペディアなどを参考にさせていただきました。
    北近畿鉄道年表


    「国鉄からJRへ(JR西日本)」CM newsdir2さんからお借りしています。

    「国鉄からJRへ(JR東海)」CM ksknkmrsさんからお借りしています。

    「国鉄からJRへ(JR四国、北海道、東日本)」CM newsdir2さんからお借りしています。

    「国鉄からJRへ(JR九州) ksknkmrsさんからお借りしています。

    JR貨物 CM kosobatさんからお借りしています。

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