歴史。その真実から何かを学び、成長していく。

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1.但馬幕末年表

1542年(天文11)生野銀山の採掘が始まる
1716年(享保元)生野奉行を生野代官と改称
1735年(享保20)久美浜に代官所が置かれ、丹後西部(京都府北部)・但馬(兵庫県北部)の大半は久美浜代官所の管轄で幕府直轄領(天領)となる
1751年(宝暦元)出石藩儒者桜井良幹、藩主の命により「但馬考」を著す
1753年(宝暦3)円山川と市川を結ぶ近廻り通船が始まります。  また、  兵庫県では、江戸末期の元禄から終末期にかけて、幕府は、養父・朝来・気多・出石4郡の幕領に生糸改会所を設置します。そのことから生糸の一大生産地となりました。
1775年(安永4)出石藩主仙石政辰、学問所(のちに弘道館)を開く
1784年(天明4)丹波職人が出石に製陶技術を教え、出石焼がはじまる
1787年(天明7)このころ円山応挙一門の大乗寺襖絵が完成
1799年(寛政11)このころ浜坂の市原惣兵衛、長崎職人を雇い入れ縫針製造をはじめる
1802年(享和2) 大屋の上垣守国、「養蚕秘録」を著す
1806年(文化3) 伊能忠敬、山陰海岸を測量
1814年(文化11) 伊能忠敬、播但街道を測量
1822年(文政5) 出石藩、物産会所を開設して生糸専売をはじめる
1823年(文政6) 豊岡藩、物産会所を開設して柳行李専売を強化する
1832年(天保3) 村岡の旗本山名義問、明倫館を開設
1833年(天保4) 豊岡藩主京極高行、藩校稽古堂を開設
1835年(天保6) 仙石騒動 幕府、出石藩家老仙石左京を獄門に処し、家政不取り締まりの理由をもって出石藩仙石久利の封地を削り、3万石とする
1843年(天保14) このころから特に異国船向け海岸防備が強化され、但馬海岸に砲台が築かれる
1847年(弘化4) 池田草庵が青谿書院を開設
1863年(文久3) 生野の変がおきる
1864年(文久4・元治1)桂小五郎(木戸孝允)禁門の変後、偽名を用いて但馬出石に潜伏
1866年但馬村岡領で軍夫役と米価高騰に抗議して一揆。久美浜代官支配下の但馬気多郡村々で一揆がおきる
翌1867年生野銀山の御手当米制度が廃止され、 生野代官所支配下の但馬4郡の215カ村、石代納の値段引下げを嘆願している。また但馬朝来・養父・出石・美含4郡の百数十カ村では、生野・明延・阿瀬鉱山による鉱害のため、貢租の減免を嘆願している。すでにこの時期に公害被害を嘆願しているのである。

日本の主な出来事
1853年(嘉永6年) 6月アメリカ東インド艦隊司令官・ペリーが軍艦四隻を率いて浦賀に来航す。
7月ロシア使節の極東艦隊司令官・プチャーチンが長崎に来航す。
1854年(安政元年) 1月ペリー再来航。
3月吉田松陰が密航に失敗し、萩の野山獄に送検される。
日米和親条約が調印される(下田・箱館が開港す。)
1855年(安政2年) 10月安政の大地震が起こる。
堀田正睦が幕府老中首座となる。
1856年(安政3年) 2月蕃書調所が設立される。
7月アメリカ総領事・ハリスが日本に着任する。
8月吉田松陰が松下村塾を開く。
10月将軍継嗣問題が表面化する。
1857年(安政4年) 5月下田条約調印。
6月幕府老中・阿部正弘が死去す。
10月アメリカ総領事・ハリスが将軍・家定に謁見する。
1858年(安政5年) 4月井伊直弼が幕府大老の職に就く。
6月日米修好通商条約が調印される。
将軍継嗣問題は次期将軍に徳川家茂に決定される。
9月井伊直弼による安政の大獄が始まる。
1859年(安政6年) 6月横浜が開港。
8月〜10月安政の大獄による断罪が行われ、吉田松陰、橋本左内らが刑死す。
1860年(万延元年) 1月幕府の軍艦・咸臨丸が太平洋を横断す。
3月桜田門外の変が起き、幕府大老・井伊直弼が水戸浪士らに討たれる。
1861年(文久元年) 2月対馬事件が起こる。
10月孝明天皇の妹・和宮さまが将軍・徳川家茂に降嫁す。
1862年(文久2年) 1月坂下門外の変が起こり、幕府老中・安藤信正が負傷す。
4月土佐藩家老・吉田東洋が暗殺される。
薩摩藩主・島津久光が藩兵を率いて、京都に上洛す。
寺田屋事件が勃発す。
7月”天誅”が京都市中で横行す。
8月生麦事件が勃発す。
12月会津藩主・松平容保が京都守護職に就任し、京都に入洛す。
長州藩の高杉晋作らによって、イギリス公使館が焼き討ちされる。
1863年(文久3年) 3月将軍・徳川家茂が京都に上洛す。
5月長州藩が外国船打ち払いを断行す。※攘夷の実行。
尊攘派から開国派となった公卿・姉小路公知が暗殺される。
6月高杉晋作が奇兵隊を結成する。
7月薩英戦争が勃発す。
8月天誅組の乱が起こる。
8・18の政変が勃発す。※尊攘派の七卿が都落ちす。
10月生野の乱が勃発す。
京都警備の新鋭部隊・新選組が誕生す。
1864年(元治元年) 3月フランス公使・ロッシュが日本に着地す。
天狗党の乱が勃発す。
5月幕府施設・神戸海軍操練所が設立される。
6月池田屋事件が勃発し、新選組が一躍、名を馳せる。
7月佐久間象山が斬殺される。
蛤御門の変(※別名・禁門の変)が起こり、薩摩・会津両藩VS長州藩が御所を囲んで激戦す。 戦いの結果、長州藩が敗北す。桂小五郎但馬へ身を潜める。 幕府が第一次征長の役を起こす。
8月欧米諸国が結託した四国連合艦隊により、下関が攻撃され、長州藩は大敗す。※下関戦争。
1865年(慶応元年) 5月土佐勤王党の頭目・武市半平太が処刑される。
坂本龍馬が薩摩藩の支援を得て、亀山社中を設立す。
1866年(慶応2年) 1月坂本龍馬の活躍で薩長同盟が成立す。
寺田屋にて坂本龍馬が幕吏らに襲撃される。
6月幕府が第二次征長の役を起こす。
7月14代目将軍・徳川家茂が病没す。
12月15代目将軍に徳川慶喜が就く。
攘夷佐幕派の孝明天皇が崩御す。
1867年(慶応3年) 4月坂本龍馬の亀山社中が土佐藩の支援を受けて、海援隊と改称す。
6月坂本龍馬が『船中八策』を作成す。
7月中岡慎太郎が土佐藩の支援を得て、陸援隊を結成す。
10月幕府が朝廷に大政奉還を奏上す。
朝廷から討幕の密勅が下る。
11月坂本龍馬・中岡慎太郎が見廻組に襲撃され、暗殺される。
12月朝廷から王政復古の大号令が発せられる。
1868年(慶応4年〜明治元年) 慶応4年1月鳥羽・伏見の戦いが勃発し、 官軍VS旧幕府軍が激戦す。結果、官軍が勝利す。※戊辰戦争が始まる
慶応4年3月官軍側の西郷隆盛と旧幕府側の勝海舟が話し合い、江戸無血開城が成る。
慶応4年5月奥羽越列藩同盟が結成される。 上野で官軍VS彰義隊が戦い、官軍が勝利
慶応4年7月江戸を東京と改称
慶応4年8月官軍VS会津藩軍の戦いが始まる。※会津戦争。結果、会津藩が降伏
明治元年9月8日年号を慶応から明治へと改元し、一世一元の制を定める。
1869年(明治2年) 1月薩長土肥の四藩主が版籍奉還を上奏す。
5月五稜郭にて共和制を布いていた榎本武揚ら旧幕府軍が明治政府に降伏す。
9月明治政府高官・大村益次郎が暗殺される。
1870(明治3年)9月19日(旧暦)太政官布告「平民苗字許可令」が出され、庶民も名字(苗字)を名乗れるようになったことにちなむ。江戸時代は武士や公家、神職などの特権階級にしか名字は許されなかったが、明治政府は本格的な納税、徴兵制を導入するために戸籍を整備する必要があり、全国民が名字を持てるようにした。
1870年(明治3年) 10月土佐藩出身の岩崎弥太郎が三菱の前身九十九商会の運送業を始める。
1871年(明治4年) 1月明治政府の参議・広沢真臣が暗殺される。
7月廃藩置県が断行される。
11月岩倉使節団が欧米へ出発す。
1872年(明治5年) 3月御親兵を廃止し、近衛兵を設置す。
8月学制を制定す。
1873年(明治6年) 1月太陽暦を採用す。
徴兵令を布告す。
7月地租改正令を実施。
10月西郷らが主張する征韓論が大久保ら富国強兵論に敗れる。西郷らは政府役職を 辞し、下野す。
1874年(明治7年) 2月江藤新平を盟主とする佐賀の乱が勃発す。
明治政府が台湾へ出兵す。
4月板垣退助が土佐にて立志社を設立す。
1875年(明治8年)「平民苗字許可令」が出されたが、戸惑う庶民が続出し、名字を付けると増税されると疑う者も多く、なかなか浸透しなかったため、政府は「平民苗字必称義務令」を出して名字を義務化した。日本の名字数は約29万とされ、多いのは(1)佐藤(2)鈴木(3)高橋(4)田中(5)渡辺(6)伊藤−の順。
6月新聞紙条例を定める。
9月江華島事件が起こる。
1876年(明治9年) 10月熊本の地で神風連の乱が起こる。
秋月の乱が起こる。
11月萩の乱が起こる。
1877年(明治10年) 1月西郷隆盛を盟主とする西南戦争が起こる。
5月維新三傑の一人・木戸孝允が病没す。
9月維新三傑の一人・西郷隆盛が官軍に大敗し、自刃す。
1878年(明治11年) 5月維新三傑最後の一人・大蔵卿の大久保利通が暗殺される。

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