歴史。その真実から何かを学び、成長していく。

伝説 先史 縄文 弥生 出雲 銅鐸 日槍 古墳 飛鳥 奈良 平安 鎌倉 室町 戦国 近世 近代 現代 地方鉄道写真SITEMAP

出雲洒落柿(しゃれがき)#f7bd8f最初のページ戻る次へ

塗り替えられた気多の歴史

概 要

目 次

  1. 気多という地名
  2. 塗り替えられた気多の歴史
  3. 頼光寺(らいこうじ)
  4. 気多大社
  5. 山陰・北陸に多い気多神社
  6. 神社に見る勢力図
 拙者が生まれた町は古くは気多(ケタ)郡といいました。もうすでに市町村合併によって気多郡も城崎郡も消滅しましたが、ところで、気多ってどういう意味なんだろう?というのがそもそものきっかけです。

 播磨風土記でも天日槍と伊和大神との争いに登場します。


1.気多という地名

 日本に初めて伝わった文字が漢字であり、気多という地名は、カタカナでケは気を崩したカナ、タは多を崩してできたカナなので、好い字を当てた字ということになりますが、本来の漢字の意味は、気多の「気」とは、正字は「氣」で、中国思想および中医学(漢方医学)の用語でもあります。目に見えないが作用をおこし、気は凝固して可視的な物質となり、万物を構成する要素ともなるものをさします。本来は、中国哲学の意味ですが、日本では「元気」などの生命力、勢いの意味と、気分・意思の用法と、場の状況・雰囲気の意味の用法など、総じて精神面に関する用法が主であり、「病は気から」の「気」は、日本ではよく、「元気」「気分」などの意味に誤解されているそうです。

 気多は、気が多いと書きますが、漢字が伝わる弥生時代以前からケタという地名はあったでしょうし、「和妙抄」の中でも例えばタジマなど、地名や人名を表すのに様々な漢字が使用されていることからも、漢字の意味にばかりこだわるというのは、狭い解釈だと思えるのですが。。。

 「ケタ」という言葉を漢字に宛てたとすれば、マオリ語の 「ケ・タ」、KE-TA(ke=different,strange;ta=dash,lay)、「変わった(地形の)場所がある(地域)」 の転訛と解しておられます。

それは噴火口のぽっかり開いた神鍋山(かんなべやま)などの火山群を見つけたことではないだろうか、と想像します。

 「5世紀の頃までにヤマト朝廷の統一下に組み入れられた但馬国の郡の中に、円山川とその支流稲葉川(イナンバガワ)水系との合流部に、気多君(ケタノキミ)などの名前が知られています。

前出の『播磨風土記』では「天日槍(アメノヒボコ)と伊和大神との争いで、ヒボコが投げた黒葛が落ちた場所として「養父」「気多」「出石」が記されています。

 「気多」という地名があるのは、意外に多く、遠江国(静岡県西部)山香郡気多郷、丹後国(京都府北部)加佐郡に気多保、因幡国(鳥取県東部)にもかつて気多郡がありました。

 明治29年(1896)、鳥取県の旧気多郡は高草郡と合併して、気高郡となりました(現在は鳥取市)。伝説で有名な因幡の白兎は、この高草郡に関係がある説話で、「この島より気多の崎という所まで、鰐(ワニ=サメのこと)を集めよ」といい、兎が隠岐から戻る話です。気多の島という名は、『出雲風土記』の出雲郡の条にも出てきます。奇しくもわが兵庫県気多郡も城崎郡と合併し明治23年(1890)に消滅しています(現在は豊岡市)。気多神社にある「鰐口(わにぐち)」も因幡白兎に関係あるのでしょうか。

 気多神社は、石川県羽咋市に能登国一宮、旧国幣大社で、同じ「大己貴命(オオナムチノニコト)」を祭神とする気多大社など北陸にたくさんあります。気多大社の社伝によれば、大己貴命が出雲から舟で能登に入り、国土を開拓した後に守護神として鎮まったとされます。崇神天皇のときに社殿が造営されました。奈良時代には北陸の大社として京にも名が伝わっており、『万葉集』に越中国司として赴任した大伴家持が参詣したときの歌が載っています。グーグル検索してみると、字名で、岐阜県飛騨市古川町上気多(飛騨国)、福島県河沼郡会津坂下町気多宮字宮ノ内(上野国)がありました。それぞれ気多若宮神社、坂下町は地名の通り気多神社(宮)で神社があります。

 大己貴命と大国主(オオクニヌシ)は同一神で、全国の出雲神社で祀られています。

 また、三重県に多気郡多気町丹生があります。関係が全くないとも思えないのが、丹生(にゅう)です。日高町には祢布(にょう)があり、日高町で最初に発掘調査が行われた場所で、古く縄文期から人が住んでいたところです。また、第二次但馬国府が置かれた場所だと確定されています。

 人名では、奈良時代末期から平安時代初期にかけて、気多君の名が出ています。

 「気多の名前が分布しているのは、出雲、因幡、但馬、能登と太平洋側の遠江の五ヶ所に限られる。但馬の気多神社も、祭神は出雲国と濃い関係にある大己貴命(おおなむちのみこと)だというから、気多という名を負う気多氏は、出雲の国から起こって、その一族の播居地に、気多という名前を残していたとも考えられはしないだろうか。」

と日高町史は記しています。

【気多地名と潟湖】

丹国
クニ旧国名潟湖温泉謂われ一の宮大己貴命ゆかりの神社銅鐸弥生集落
出雲国石見国宇摩志麻遅命物部神社
出雲国宍道湖・斐伊川出雲湯の川温泉大己貴命出雲大社加茂神社「別雷命 配 布留魂命 ほか」大原郡木次町大字湯村263
御碕神社「神須戔嗚尊」簸川郡斐川町大字上荘原526
神代神社:島根県簸川郡斐川町宇屋神庭字宇屋谷485
曾枳能夜神社:島根県簸川郡斐川町大字神氷823
『古事記』には、垂仁天皇の王子、本牟智和気(ほむちわけのみこと)王が、出雲の大神の崇りで口がきけなくなり、出雲の大神に参拝して帰る途中、斐伊川の仮宮で口がきけきるようになったという説話
出雲50
伯耆国東郷池・天神川羽合温泉出雲から渡った下照姫命が現在の湯梨浜町(旧羽合町)宇野に着船し、御冠山に登って現在地に鎮まったという。倭文神社大神山神社:鳥取県米子市尾高1025妻木晩田遺跡群伯耆9
因幡国水尻池浜村温泉 宇部神社志加奴神社:鳥取県鳥取市(気多郡)気高町宿527青谷上寺遺跡因幡8:鳥取市3
浦富海岸・蒲生川岩井温泉因幡の白兎(青谷気多の前)出雲国より因幡国気多崎(因幡の白ウサギの地)に至り…、大己貴命は温泉を治療保養に応用。宇部神社:鳥取県鳥取市国府町宮下字一宮651御湯神社[みゆ]:鳥取県岩美郡岩美町岩井141因幡8:八頭郡2
但馬国津居山湾(黄沼前海)・円山川城崎温泉コウノトリが傷を癒した伝説久久比神社:ククヒ伝承
出石神社韓国神社「物部韓國連命」:豊岡市飯谷
但馬国総社気多神社「大己貴命」
但馬6
丹後国久美浜湾(内海)浦島伝説神谷神社
離湖ククヒ伝承網野神社 
竹野川竹野神社7
阿蘇海天橋立温泉羽衣伝説籠神社大虫神社:京都府与謝郡与謝野町温江1821丹後4
越国若狭国小浜湾若狭彦神社:福井県小浜市龍前28-7阿奈志神社:福井県小浜市奈古宮ノ脇62-27小浜市・若狭国府若狭4
越前国敦賀湾気比神宮大虫神社:福井県越前市大虫町21-28国府越前市(旧武生市)5
能登国七尾湾和倉温泉 気多神社:石川県羽咋市寺家町ク1
気多本宮:石川県七尾市所口町
 
邑地潟気多大社 
加賀国柴山潟片山津温泉 氣多御子神社:石川県小松市額見町サ-58小松市1
越中国河北潟国司として越中に赴任した大伴家持越中国総社気多神社:富山県高岡市伏木一ノ宮字大平2063高瀬神社:富山県南砺市高瀬291  
飛騨国高山温泉水無神社:岐阜県高山市一之宮町石原5323気多若宮神社:岐阜県飛騨市古川町上気多1297飛騨国府、高山か?飛騨市古川町上気多 
近江国琵琶湖雄琴温泉建部大社:大津市瀬田兵主神社:滋賀県野洲市五条566 2
美濃国下呂温泉南宮神社:岐阜県不破郡垂井町伊奈波神社:岐阜市伊奈波通1−14
信濃国諏訪湖上諏訪温泉諏訪大社本宮:長野県諏訪市伊和神社:長野県松本市惣社3
遠江国浜名湖舘山寺温泉高松神社・事任八幡宮秋葉山本宮秋葉神社:静岡県浜松市天竜区春野町領家気多村(静岡県 周智郡 春野町(現浜松市))浜松市(引佐郡)31
陸奥国(岩代国)猪苗代湖猪苗代温泉氣多神社:福島県河沼郡会津坂下町気多宮  

▲ページTOPへ
                                                                                                                                                        
北陸道 若狭國
若狭彦神社福井県小浜市龍前字彦野28-7
若狭姫神社福井県小浜市遠敷65-41
越前國気比神宮伊奢沙別神、仲哀天皇、神功皇后、日本武尊、應神天皇、玉妃命、武内宿禰命福井県敦賀市曙町11-68
加賀國白山比神社石川県金沢市鶴来町三ノ宮町2-105-1
石部神社石川県小松市古府町
能登國気多大社大己貴命石川県羽咋市寺家町ク1
能登生国玉比古神社(気多本宮) 大己貴神石川県七尾市所口町ハ48
由緒  能登国の式内社の能登生国玉比古神社の論社の一。  社伝では、大己貴命は始め出雲国より此の所口へ着き給ひしが、当国鹿島路の湖水に毒蛇棲み人民為に苦しめりと聞き給ひ往きてこれを退治し、遂に羽咋郡竹津浦に垂迹し給ふ。  孝元天皇の創建と伝わる古社。崇神天皇が当社の祭神の分霊を羽咋郡竹津浦に勧請し、気多神社と称した。当社を気多本宮と称した。  建武元年(1334)中院少将定清に詔して社殿の修理を加えしめられ、同三年源頼朝は神封五反及び免田を加増せられた。  前田利家、当社を字明神野へ遷し、社殿を造営し、神封として更に二十俵の地を寄進した。
越中國高瀬神社富山県東砺波郡井波町高瀬291
気多神社大己貴命と奴奈加波比売命富山県高岡市伏木一ノ宮字大平2063
高岡市伏木は越中国国府や国分寺のあった地で、越中の中心地であった。当社は越中国一宮とされ、所在地の地名も「一ノ宮」であるが、越中国内には一宮を称する神社がほかに3社ある。境内には越中国総社跡の伝承地がある。 天平宝字元年(757年)に越中国から能登国を分立する際、それまで越中の一宮とされていた気多大社から越中国府の近くに勧請を受けて創建された。それより前の養老2年(718年)に行基により創建されたとする伝承もある。
雄山神社峰本社富山県中新川郡立山町立山峰1
雄山神社祈願殿富山県中新川郡立山町芦峅寺2
雄山神社前立社壇本殿富山県中新川郡立山町芦峅寺1
射水神社富山県高岡市古城1-1
越後國彌彦神社天香山命新潟県西蒲原郡弥彦村弥彦2898
居多神社新潟県上越市五智6-1-11
天津神社新潟県糸魚川市一の宮1-3-34
佐渡國度津神社新潟県佐渡市羽茂町飯岡550-4
気多若宮神社大巳貴神とその子の御井神岐阜県飛騨市(旧吉城郡古川町)
山陰道丹波國出雲大神宮京都府亀岡市千歳町出雲
丹後國籠神社京都府宮津市字大垣430
但馬國出石神社兵庫県豊岡市出石町宮内
粟鹿神社兵庫県朝来市山東町粟鹿2152
因幡國宇倍神社鳥取県鳥取市国府町宮下字一宮651
伯耆國倭文神社鳥取県東伯郡湯梨浜町宮内754
出雲國出雲大社島根県簸川郡大社町杵築東195
熊野大社島根県八束郡八雲村熊野2451
石見國物部神社島根県大田市川合町川合1545
隠岐國水若酢神社島根県隠岐郡隠岐の島町大字郡723
由良比女神社島根県西ノ島町浦郷922

日置神社長野県東筑摩郡生坂村北陸郷字日岐式内社論社彦火火出見尊、天照皇大神、菅原道眞
日置神社長野県上水内郡信州新町日原字宮脇式内社論社天櫛玉命、天櫛耳命、健御名方命、八坂刀賣命
日置神社富山県中新川郡立山町日置式内社・旧村社天太玉命
日置神社石川県加賀市(江沼郡山中町長谷田町)式内社天押日命
日置神社福井県大飯郡高浜町日置式内社・旧村社應神天皇
日置神社愛知県名古屋市中区橘式内社・郷社天太玉命(あめのふとだまのみこと)
日置神社滋賀県高島市今津町酒波式内社・旧郷社素盞嗚命 日置宿禰 稻田姫命
日置神社兵庫県豊岡市日高町日置式内社・旧村社天櫛耳命 あるいは 天櫛玉命

暦を司る日置部に由来する。天太玉命…岩戸隠れの際、オモイカネが考えたアマテラスを岩戸から出すための策で良いかどうかを占うため、アメノコヤネとともに太占(ふとまに)を行った。そして、勾玉や八咫鏡などを下げた天の香山の五百箇真賢木(いおつまさかき)を捧げ持ち、アマテラスが岩戸から顔をのぞかせると、アメノコヤネとともにその前に鏡を差し出した。 天孫降臨の際には、ニニギに従って天降るよう命じられ、五伴緒の一人として随伴した。日本書紀の一書では、アメノコヤネと共にアマテラスを祀る神殿(伊勢神宮)の守護神になるよう命じられたとも書かれている。

占いの神、神事の神として信仰されており、太玉命神社(奈良県橿原市)、大麻比古神社(徳島県鳴門市)、安房神社(千葉県館山市)、大原神社(千葉県君津市)などで祀られている。

4.気多大社(けたたいしゃ)

能登國 石川県羽咋市寺家町ク1
旧称気多大神宮。正式には氣多大社
御祭神 大己貴命

「気多祭儀録」によれば、崇神天皇のときに社殿が造営された。
古縁起によれば、人王八代孝元天皇の御宇、越中北島の魔王が鳥に化して人民を害し、 鹿島路湖水には大蛇が出現して人民を苦しめていた。 この時、大己貴尊が出雲より眷属を引き連れて来臨し、化鳥と大蛇を退治し、この地に垂跡したという。

古い伝承によると、七尾市所口にある能登生國玉比古神社が、 気多大社の本宮と云われ、現在も三月には平国祭と称してこの神社への神幸がある。
上世の昔、大己貴尊が 出雲より因幡の気多崎に至り、そこから当国へ渡って平定し、 その後、所口に鎮祭され、孝元天皇の頃に宮社を建立。

崇神天皇の頃、当社に鎮祭されたとある。

能登国唯一の式内大社(名神大社)。羽咋(ハクイ)の地名は、垂仁天皇の皇子磐衝別命が、この辺の領民を苦しめていた怪鳥を退治し、このとき皇子の連れてきた3匹の犬が怪鳥の羽を食い破ったという伝説。なかなかの大社で、能登一の宮、伊勢大神宮、下総香取神宮、常陸鹿島神宮、越前気比神と共に、神宮司が置かれました。古い縁起によれば、孝元天皇の時、越中北島の魔王が鳥と化して害をなし、鹿島路湖水に大蛇が出て人々を苦しめた。この時、大己貴命が出雲国より三百余神末社眷属を率いて来臨し、これらを退治してこの南陽の浦に垂迹、天下国家君民守護の神として仰がれたと云う。

 海上守護神として仰がれたようで、従一位勲一等(六国史終了時)、同名社で式内社として但馬国気多郡、越中国射水郡、越後国頸城郡(居多神社)、加賀国江沼郡(気多御子神社)、三代実録掲社として越前国、飛騨国(気多若宮神社)が鎮座している。主に日本海を中心に分布した鎮座の姿は当社と無関係ではない。孝元天皇の御宇、越中北島の魔王が鳥に化して人民を害し、鹿島路湖水には大蛇が出現して人民を苦しめていた。

 この時、大己貴尊が出雲より眷属を引き連れて来臨し、化鳥と大蛇を退治し、この地に垂跡したという。

  由 緒
 能登国唯一の式内大社(名神大社)

 海上守護神として仰がれたようで、同名社で式内社として但馬国気多郡、越中国射水郡、越後国頸城郡(居多神社)、加賀国江沼郡(気多御子神社)、三代実録掲社として越前国、飛騨国(気多若宮神社)が鎮座している。主に日本海を中心に分布した鎮座の姿は当社と無関係ではない。

 古い縁起によれば、孝元天皇の時、越中北島の魔王が鳥と化して害をなし、鹿島路湖水に大蛇が出て人々を苦しめた。この時、大己貴命が出雲国より三百余神末社眷属を率いて来臨し、これらを退治してこの南陽の浦に垂迹、天下国家君民守護の神として仰がれたと云う。  また古くから当社の本宮は富山湾側の七尾市所口に鎮座の気多本宮であると伝えられ、現在も三月には平国祭と称してこの神社への神幸がある。 当大社は、氣多大神宮とも称え奉り、能登國一ノ宮として世に知られる北陸道総鎮護の御社であります。 御祭神は、大己貴命で世に大國さまと申します。  奈良、平安時代より、能登の国一の宮国幣大社(こくへいたいしゃ)として、世に知られ、創建二千年の歴史を今に伝えています。  若宮神社の御祭神はえびすさまと申します。  御社殿背後の森は、「いらずの森」と称し千古の歴史を伝える北陸随一の原始林であります。

5.山陰・北陸に多い気多神社

越中国一宮 射水神社

能登国が越中国の一部であった時代、越中国の一宮は現在の気多大社であったが、能登国を分立する際に二宮であった射水神社が越中国一宮とされた。物部氏→変更したい?

劔神社 越前国 福井県丹生郡越前町
越前国二宮
御祭神 素盞鳴尊

総社大神宮 越前国 福井県越前市(武生市)京町1−4−35
越前國総社 旧県社
御祭神 大己貴命

能登生国玉比古神社(気多本宮) 加賀国 石川県七尾市所口町ハ48
御祭神 大己貴命

能登国の式内社の能登生国玉比古神社の論社の一。  社伝では、大己貴命は始め出雲国より此の所口へ着き給ひしが、当国鹿島路の湖水に毒蛇棲み人民為に苦しめりと聞き給ひ往きてこれを退治し、遂に羽咋郡竹津浦に垂迹し給ふ。  孝元天皇の創建と伝わる古社。崇神天皇が当社の祭神の分霊を羽咋郡竹津浦に勧請し、当社を気多本宮と称した。前田利家、当社を字明神野へ遷し、社殿を造営し、神封として更に二十俵の地を寄進した。

氣多御子神社 加賀国 石川県小松市額見町サ−58
御祭神 「大己貴神(気多大神) 菊理媛神(白山大神) 天照皇大神(神明大神)」

この境内には、雑草が生えないという伝承がある。 延宝年間、社守の六兵衛が淵に入って禊をしていると、 淵に住む大亀が出現し、襲ってきたので捕えて殺そうとすると、 大亀は、末代まで境内の草を取り除く事を約束したので放免にした。

高瀬神社 越中国 富山県東砺波郡井波町高瀬291
御祭神 大己貴命 天活玉命 五十猛命

大己貴命が北陸平定を終え、出雲へ戻る時に、自らの御魂を国魂神として鎮め置いたのがはじめ。 故に、能登の気多大社と同神であると考えられている。

気多神社 越中国 富山県高岡市伏木一ノ宮字大平2063
御祭神 大己貴命と奴奈加波比売命

高岡市伏木は越中国国府や国分寺のあった地で、越中の中心地であった。当社は越中国一宮とされ、所在地の地名も「一ノ宮」であるが、越中国内には一宮を称する神社がほかに3社ある。旧県社。境内には越中国総社跡の伝承地がある。大伴神社が造られています。

 天平宝字元年(757年)に越中国から能登国を分立する際、それまで越中の一宮とされていた気多大社から越中国府の近くに勧請を受けて創建された。それより前の養老2年(718年)に行基により創建されたとする伝承もある。

気多若宮神社 飛騨国 岐阜県飛騨市古川町上気多1297(旧吉城郡古川町)
御祭神 大巳貴神とその子の御井神

秋葉山本宮秋葉神社 遠江国 静岡県浜松市天竜区春野町領家(旧周智郡気多村)841
式内社 旧県社
御祭神 火之迦具土大神

春野町と龍山町の境界、赤石山脈の南端、 標高868mの秋葉山山頂に鎮座している。

▲ページTOPへ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

10.神社に見る勢力図

  • 物部神社一覧


  • 出雲洒落柿(しゃれがき)#f7bd8f最初のページ戻る次へ
    Copyright(C)2002.4.29-2009 ketajin21 All Rights Reserved. E-mail
    inserted by FC2 system