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日向神話
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天孫降臨(てんそんこうりん)
■日向神話の構成

 日本神話の中心は古事記・日本書紀にみえる神話です。この2つの書の神話は必ずしも同じではないが、全体としては1つの筋をもっていて、日本国と皇室の創生の物語が中心となっています。その物語の舞台は3つあります。日向と大和、そして出雲です。

 出雲の場合は大方が独立した物語で展開します。それに対して、日向と大和の場合は、天・地・海の神の世界から日向へ、日向から大和へと連続した物語として展開します。  このように2つの書は、内容上は、大きくは「神の世界の物語」から「日向での神と人との物語」そして「日向から大和の人」の物語へと展開します。

 なかでも注目されるのは、日向を舞台とした「神」の世界から「神と人」の世界として展開し、それは「日向三代神話」とよばれています。

    それはアマツカミ(天神)「ニニギノミコト」の御代の

  1. 「天孫降臨」
  2. 「コノハナノサクヤビメの結婚」
  3. 「火の中の出産」

    アマツカミ(天神)「ホホデミノミコト」の御代の

  4. 「海幸・山幸」
  5. 「海宮遊行」

    アマツカミ(天神)「ウガヤフキアエズノミコト」の御代の

  6. 「ウガヤフキアエズの誕生」

    それに神武天皇の

  7. 「神武東征(東行)」
 以上7つの物語が主たる内容になっています。そしてその物語の展開は、アマツカミ(天神)とその子孫がクニツカミ(地神)のヒメ神と、さらにはワタツミノカミ(海神)のヒメ神と結婚し、人皇であるカムヤマトイワレビコノミコトが誕生するという構成になっています。これは、アマツカミ(天神)によるクニツカミ(地神)とワタツミノカミ(海神)の統合の上に人皇初代が生み出されたという古代の人々の考えが表わされていて、これが日向を舞台としている神話の特色です。

 なぜ古代国家のなかでも、都から遠くはなれた僻遠の地にある日向が、これらの物語の舞台になったのであろうか。それは一口でいえば、この物語が創りだされる時代に、日向が朝廷と深いかかわりを持っていて、日向を無視できない事情があり、また物語の展開の上で最もふさわしい土地とみられる要素があったことが考えられる。歴代天皇にかかわる日向の女性が物語のなかにしばしば登場するのもそれらを示唆しているものと思われます。

1.天孫降臨

 雲の上のまだずっと高くの神様の国で、この日本を造った神様たちがお話をしていました。アマテラスオオミカミという一番えらい神様が、(自分の孫の)ニニギノミコトという神様にいいました。「この稲の穂と、神の三つの宝の鏡・曲玉・剣をもって地上に降りていきなさい。そして、日本の国(葦原中国)がもっといい国になるように頑張ってきなさい。」

 それでニニギノミコトは神様の国を離れて、筑紫の日向の高千穂という場所に降り立ったのです。

2.コノハナノサクヤビメの結婚

 高千穂に降り立ったニニギノミコトはその近くに家を建てて住んでいましたが、そこでとても美しい女の人に出会いました。ニニギノミコトは、その美しい姫(コノハナサクヤヒメ)と結婚したいと思い、姫の父親にお願いしました。父親は「姫を嫁に欲しいのなら、姉(イワナガヒメ)の方も一緒にもらってくれ。」といって二人の姫をくれました。ところが、ニニギノミコトは美人ではないお姉さんを「いらない。」と家に返してしまいました。返された姫は大変腹をたてて「神様の子も人の子も、生きているものは必ず死んでしまうようにしてやる。」と呪いをかけました。

3.火の中の出産

 さて、ニニギノミコトと結婚したコノハナサクヤヒメのお腹には赤ちゃんができました。しかしニニギノミコトがそのことを喜ばなかったので、コノハナサクヤヒメはとても悲しんで、「この赤ちゃんが本当にあなたの子ならきっと生き残るでしょう。」といって自分の部屋に火をつけてしまいました。  メラメラと燃える火の中で生まれてきたのが、ホノスソリノミコト(ウミサチヒコ)・ヒコホホデミノミコト(ヤマサチヒコ)・ホノアカリノミコトの三人です。

4.海幸・山幸

 火の中から産まれてきた三人の子供のうち、お兄さん(ホノスソリノミコト)は海で釣りをするのが上手だったのでウミサチヒコと呼ばれ、弟(ヒコホホデミノミコト)は山で狩りをするのが上手だったのでヤマサチヒコとよばれました。

 ある日二人は「取りかえっこしてみよう。」と話して、ウミサチヒコは山に狩りに行き、ヤマサチヒコは海に釣りに行きました。しかし、二人とも何にも捕まえられませんでした。それに、ヤマサチヒコはお兄さんから借りた釣針を海でなくしてしまって困っていました。

 ヤマサチヒコは自分の刀をこわして沢山の釣針を造って「これで許してください。」と一生懸命謝りましたが、お兄さんは「なくなったあの釣針じゃないとだめだ。」と許してくれません。

5.海宮遊行

 どんなに探しても釣針を見つけられないヤマサチヒコが困っていると、おじいさん(シオツチノオジ)がやってきて「どうしてそんなに困っているのですか。」と聞きました。ヤマサチヒコがわけを話すと、あっという間に船を造り、「この船で海の世界に行きなさい。」といいました。

 ヤマサチヒコはおじいさんの言う通り、その船に乗って海の底深くに潜っていきました。

 さて、海の世界に行ったヤマサチヒコは、海神の宮という家の前にある大きな木の上に登っていました。そこは海の世界を守っている神様(ワタツミ・トヨタマヒコ)の家でした。

 すると、そこに井戸の水を汲もうとしたトヨタマヒメがやってきました。木の上に人がいるのを見てびっくりしたトヨタマヒメは急いで家に帰って

 「井戸に水を汲みに行ったら、そばの木の上に男の人がいました。その人はとても立派なお顔をしていて、きっととても偉い人だと思います。」と両親に話しました。

 海の神様が「あなたはどなたですか。」と聞いたので、ヤマサチヒコは「私は天から降りてきた神の子供です。」と答えました。

 海の神様は、ヤマサチヒコをとても大切なお客様として、たくさんのご馳走や踊りを披露したりしてもてなしました。それからしばらくしてヤマサチヒコはトヨタマヒメと結婚して、海の神様の家で一緒に暮らしていました。

 ヤマサチヒコが海の国に来て三年がたちました。ときどき「はあ」と溜め息を吐くヤマサチヒコをみてトヨタマヒメが「ひょっとしてあなたは自分の家に帰りたいのですか。」と聞くと、ヤマサチヒコは「その通りだ。」と答えました。そこでトヨタマヒメは父親に、ヤマサチヒコは帰りたいといっていると相談をしました。

 娘から話を聞いた海の神様は、ヤマサチヒコが探しているお兄さんの釣針をみつけてあげようと、海の世界の全部の魚を集めました。すると魚たちが「鯛が口が痛いと言って来ていません。」というのでその鯛を呼び出して口の中をみるとヤマサチヒコの針が刺さったままになっていました。

 そして、この針を海の神様が取ってあげました。

 さあ釣針が見つかったので、これでお兄さんに返すことができます。地上の世界に帰ろうとしているヤマサチヒコに向かってトヨタマヒメが言いました。「もうすぐあなたの赤ちゃんが産まれます。赤ちゃんを産むときにはあなたの所に行きますので、家を造って待っていてください。」そして、ヤマサチヒコは、釣針と海の神様からもらった二つの魔法の瓊(たま)をもって、地上の世界に帰っていきました。

6.ウガヤフキアエズの誕生

 地上の世界に帰ったヤマサチヒコは、海の神様に教えられた通りに、釣針を投げて返しました。お兄さんのウミサチヒコは怒って受け取らず、困ったヤマサチヒコは魔法の瓊(たま)を取りだしました。すると海の波がザブンザブンとやってきてウミサチヒコをおぼれさせました。海におぼれるウミサチヒコは「私が悪かった。これからは何でもいうことを聞くから、どうか助けてください。」とヤマサチヒコに頼みました。ヤマサチヒコはもう一つの魔法の瓊(たま)を取り出しました。すると、波がスーッと引いてウミサチヒコはおぼれずにすみました。

 ウミサチヒコが何でもいうことを聞くようになったので、ヤマサチヒコは安心してトヨタマヒメのための部屋造りを始めました。ところが、全部完成しないうちにトヨタマヒメがやってきて「もう産まれそうだ。」といいました。そして「私が赤ちゃんを産むときに、絶対に見たりしないでください。」と頼んで、部屋の中に入って行きました。ヤマサチヒコは、初めは約束通り外で待っていたのですが、だんだん我慢ができなくなって、とうとう部屋の中を覗いてしまいました。すると、なんとそこには赤ちゃんを産んでいる大きな鰐(ふか)がいたのです。ヤマサチヒコに本当の姿を見られたトヨタマヒメはとても悲しんで、産まれたばかりの赤ちゃんを残して海の世界に帰っていってしまいました。ヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコトと名付けられた赤ちゃんは、トヨタマヒメの妹のタマヨリヒメが育てることになりました。

 大きくなったヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコトは自分を育ててくれたタマヨリヒメと結婚しました。そして二人には、ヒコイツセノミコト・イナヒノミコト・ミケイリノノミコト・カムヤマトイワレビコという四人の子供ができました。

7.神武東征(東行)

 ヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコトとタマヨリヒメの四人の子供たちはやがて大人になりました。ある日、カムヤマトイワレビコは兄弟と話し合いました。「私たちの祖先は、この日本をより良い国にするためにこの地上に降りてきて頑張ってきた。しかし、この日本には私たちの知らない場所がまだあります。塩土老翁は『東の方角がよい』という。みんなで力を合わせて東の方に行って、この日本全体の中心となるような場所を作り上げよう。」

 そうして四人は、海を渡ったり山を越えたりしながら、何年もかかって東の方角を目指しました。長い長い旅の途中では、戦いをしなければならないときもあり、目指していた場所にたどり着いたときにはカムヤマトイワレビコただひとりになっていました。

 ようやく目指していた場所にたどりついたカムヤマトイワレビコは、そこでも最後の戦いをしなければなりませんでした。しかし、もう自分を守って一緒に戦ってくれる兄弟はいません。「もう勝てない。」と思ったとき、急に空が真っ黒になり、ピカピカに光る金色の鵄(トビ)が飛んできてカムヤマトイワレビコの弓の先にとまりました。この金色の鵄があんまりにも光るので、敵は眩しくて目を開けることができず戦うことができなくなりました。

 こうして最後の戦いに勝ったカムヤマトイワレビコは橿原(奈良)という場所を日本の中心とし、そこで日本で初めての天皇(神武天皇・ジンムテンノウ)となり、より良い日本国のために働きました。


■考察 日向神話と現代

 人間は生きていく上で、生と死という重大事をはじめ、人間の存在を問うさまざまな問題をかかえています。

 それは古代の人にもわからない、また現代の人にも今もって答えられないものが多い。我々はそのような問題をかかえながら人間の歴史を生きています。

 日向神話のなかで、古代のひとびとは疑問に思ったこと、不思議に思ったさまざまなことに答えを出そうとします。いくつかの例をあげてみよう。

(1)人にはなぜ死があるか

 生あるものには必ず死があります。なぜ死があるか。これはいまだに古代人も現代人も解きえない問題です。この問題にとりくんだ古代人は、神話のなかで、美醜に迷った神の仕業と考えた。  地上に天降ったニニギノミコトは、クニツ力ミノムスメであるコノハナサクヤヒメを見染めて、結婚をクニツカミの父神に申し込んだ。父神は姉ヒメでシコメ(醜女)ではあるが、永遠に続く生命をもった大地の象徴であるイワナガヒメをもさしだすことを申し出た。ところがニニギノミコトは美しいコノハナサクヤヒメだけを選んだ。コノハナサクヤヒメは、春には花が咲きほこるが、やがてはかなく散って行く限りある生命の象徴であった。

 クニツカミの父神は、ニニギノミコトの選択を大変なげいた。ミコトとコノハナサクヤヒメの間に生まれてくる神々や人皇たちは、生あるものは必ず死を迎えるという有限の生命をもってうまれてくることになった。不老長寿の願いは今もって人間の大きな関心事です。

(2)疑心と嫉妬は人の性である

 疑心と嫉妬は人間の醜悪な性(さが)です。

 ニニギノミコトと結婚したコノハナサクヤヒメは一夜にして身ごもった。ミコトはいくら私がアマツカミであっても一夜をともにしただけで身ごもるとは、自分の子供ではないのではないかと疑念をもった。このことを大変悲しんだヒメは、出口のない産屋に入り、火を放って無事に出産することで身のあかしをたてた。

 疑心と嫉妬は人間の世界では絶えることがないが、これに対処する方法も決め手もなく、いつの世にも悩みはつきない。古代の人々は、人間の能力を超えたところにその解決をもとめた。

(3)好奇心と海陸での生活

 トヨタマビメはホオリノミコトのミコを生むために、鵜の羽の産屋を作りはじめた。それが終わらないうちにミコが生まれそうになった。そのときヒメはホオリノミコトに「子を生むときは私の身は本国(ワダツミの世界)の姿になるので見ないでください」と頼んだ。

 見るなといわれれば、どうしても見たくなる。ふしぎに思って覗いてみると、8丈もある大きな鰐がのたくっていた。トヨタマビメは本姿を見られたことを恥じて海への道をふさいで海宮に帰った。  人間は未知のものに対する大きな好奇心を持っています。見るなといわれれば見たくなる。それに対して自制できない弱さをも持っています。

 また人間はどうして海で生活できないか。どうして海と陸の間で往来ができないのか、というのも古代の人々以来の課題です。古代の人々は好奇心に駆られ自制できなかったアマツカミの末孫である人間に、ワダツミノカミが道を閉ざしたからだとした。


霧島神宮
鹿児島県霧島市霧島田口2608-5
主祭神:ニニギノミコト天饒石国饒石天津日高彦火瓊瓊杵尊
コノハナサクヤヒメ(木花咲耶媛尊)
ヒコホホデミノミコト(彦火火出見尊)
トヨタマヒメ(豊玉媛尊)
ウガヤフキアエズノミコト(??草葺不合尊)
タマヨリヒメ(玉依媛尊)
別表神社

御由緒:欽明天皇の時代、慶胤(けいいん)なる僧侶に命じて高千穂峰と火常峰の間に社殿が造られたのが始まりとされる。実際の所は高千穂峰に対する山岳信仰から始まった神社であろう。

高千穂神社(たかちほじんじゃ)
宮崎県西臼杵郡高千穂町
主祭神 高千穂皇神 十社大明神
国史見在社論社・旧村社・別表神社


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